52草津 52草津−三条

【概 要】
 草津宿の街道沿は当時の面影が残っており、東海道と中山道の分岐となる重要な草津追分けがあります。、
 大津―三条間の旧東海道は全工程15キロくらいで、途中には全国的にも珍しい見所が沢山あり、 一日うろうろぶらぶらしながら飽きることなく歩けます。

【52 草津宿】
 当時の面影が残る街道の途中には「草津宿本陣(田中七左衛門本陣)」(有料) 草津宿本陣 が当時の姿をほぼとどめたまま公開されています。 又、草津宿街道交流館(1階無料、2階有料) 草津宿街道交流館 では当時の草津宿がジオラマで再現されています。  草津川の下のトンネル(明示19年 1886)をくぐると東海道と中仙等の要となる草津追分 草津追分 けがあります。
草津宿本陣(田中七左衛門本陣) 草津宿街道交流館 旅籠(野村屋)
草津宿本陣(田中七左衛門本陣)草津宿街道交流館旅籠(野村屋)
旧草津追分け図 草津宿の街並み 草津追分け
旧草津追分け図草津宿の街並み草津追分け
               

【53 大津宿】(H18.11.11)(H19.9.21)
(H19.9.21)
 JR石山駅付近から始まる膳所の町の道は複雑になっていますが、案内板が整備されているので、大津宿 まで、少し残っている街道情緒をゆっくり味わいながら歩くとことができます。
 途中、街道から少し外れた近江橋たもとに、膳所城跡 滋賀県庁 が公園として整備されているので寄ってみると良いと思います。 又、街道沿いの膳所神社 滋賀県庁 や篠津神社 滋賀県庁 には御門が移築されてみることができます。
(H18.11.11)
 旧東海道はJR大津駅から北側(琵琶湖側)に降りて少し歩くと案内板が整備されているのですぐに分ります。
 街道沿いにはまだまだ古いお店が結構残っていたり、重厚な雰囲気の滋賀県庁(昭和14:1939 設計 伊藤功一・国枝博 施工 大林組 ) 滋賀県庁本館 滋賀県庁 等があり、等雰囲気をかもし出しています。
膳所跡 膳所の町並み
膳所跡膳所の町並み
                              
東海道案内板 滋賀県庁
東海道案内板滋 賀 県 庁
                              

【電 車】
 浜大津 浜大津 と京阪三条 京阪三条 の間を走っている京阪電車に乗ると乗り換えることもなく、地下鉄から普通の電車へ、そして路面電 車と一度乗ると3種類の鉄道が楽しめると言う珍しい電車に乗ることができます。
京阪三条駅(京都市営地下鉄東西線)←―→(京阪京津線)浜大津

【琵琶湖疏水】
 旧東海道を大津から三条まで歩くと大津から京都へと抜けている琵琶湖疏水の入り口 琵琶湖疏水入口 と出口 滋賀県庁 琵琶湖疏水出口 を見ることもできます。
 大津の三井寺の近くで疎水の入り口を、そして、京都三条の手前の蹴上で出口をみることができます。出口側にはイン クライン インクライン と言う明治時代に使用していた琵琶湖疏水を利用した水上運送跡が残っていて、 琵琶湖疏水記念館(無料) 琵琶湖疏水記念館 ではその疎水とインクラントの歴史を知ることができます。どちらも疎水の両岸に沢山の桜があるので、行くなら花 見の季節が良いと思います。
琵琶湖疏水 琵琶湖側(入口) 琵琶湖疏水 京都側(出口) 琵琶湖疏水 インクライン説明
琵琶湖側(入口)京都側(出口)インクライン説明
インクライン軌道跡 インクライン 琵琶湖疏水記念館前噴水
インクライン軌道跡)インクライン琵琶湖疏水記念館前噴水
               

【トンネル】
 大津から三条へ向けて国道1号線に沿って歩いていくと東海道本線逢坂山トンネルの前に古い煉瓦作りの 大正13年に作られた京阪浜大津線の上関寺橋梁(蝉丸跨線橋) 上関寺橋梁(蝉丸跨線橋) をみることができます。
 さらにもう少し歩いていくと、国道1号線のすぐ脇の大谷加圧ポンプ場の裏の京大防災研究所内に、日本人 技術者が外国技術の援助を得ずに設計施工した、我が国最初の山岳ずい道”鉄道記念物 旧逢坂山ずい道東口 (全長664.8m)” 旧 逢坂山隧道 旧逢坂山ずい道東口 があります。  このずい道は明治11年10月5日東口から、又同年12月5日西口からそれぞれ掘さくを始め、 約1年8ヶ月の歳月を費やして明治13年6月28日竣工したもので、大正10年8月1日線路変更 により廃線となるまで、東海道本線の下り線として使用されていたものです。
大津市内旧東海道案内 旧逢坂山ずい道説明 旧逢坂山ずい道
阪京津線の上関寺橋梁旧逢坂山ずい道説明旧逢坂山ずい道
            

【その他】
 旧逢坂山ずい道東口を過ぎてさらに国道1号線沿いに旧東海道を歩いていると右に大きく曲り、 曲がり切った京阪大谷駅の手前の国道1号線沿いに逢坂山関跡 逢坂山関跡 の碑があります。
 さらに歩いて名神高速道路の高架をっくぐるとやっと国道1号線から離れて旧街道らしい道になり、坂を上っていくと 京都山科方面と宇治方面への分岐を示す追分道標 追分道標 があります。
 追分道標を山科方面に進んでいくと一部国道1号線に分断されていますが、そこを過ぎると山科の駅ももうすぐです。  
山科を過ぎて東海道本線の高架をくぐると、廃線となった京阪電車の軌道跡 廃線となった京阪電車の軌道跡 があります。
 ここから 日ノ岡峠に向けて の街道沿いは東海道にしては非常に細く路地裏の雰囲気になります。これは京都へは大名行列が 通る必要がなかったからかなと個人的に考えています。
 細い旧東海道を歩いていくとい日ノ岡峠の坂があります。坂の途中には木喰寺の亀の水 木喰寺の亀の水 があり昔の人はここで喉をうるおしていたらしいです。。
逢坂山関跡> 京都宇治の追分道標 亀の水
逢坂山関跡京都宇治の追分道標亀の水